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書評

高田保馬著『勢力論』ミネルヴァ書房2003.12.刊行

『東洋経済』2004.4.24. 82

橋本努

 

 

 日本社会学の巨星、高田保馬の理論的到達点を示す名著の復刻である。本書の初版は一九四〇年に出版されているが、いま読み返してもその生命力はいささかも衰えていない。内容の豊かさといい、発想の面白さといい、あらゆる点で知の輝きを放つ古典中の古典である。高田保馬が五七歳にして書き上げた渾身の一冊だ。

高田のいう「勢力」とは、政治的権力・経済的富力・文化的力などの諸力一般を指すものであり、その定義は「服従せらるる能力」(服従させることのできる能力)とされる。そこには、たんに人が人を直接支配するという関係だけでなく、周囲の人々がそれを黙認し、間接的に支持するという受動性が含まれている。高田はこの黙認による支持を「社会的擬態」と呼ぶ。そして勢力は、そのような擬態を通じてはじめて伸張するというのが高田の鋭い洞察だ。

また、勢力が生み出す社会の動態は、「力の欲望」や「従属の本能」によって突き動かされるという指摘も興味深い。本書の面白さはまさに、組織の生成・発展・衰退を、欲望と服従の関係、とりわけ無意識の服従や在野の勢力との関係において考察した点にあるだろう。

人は単に力を欲するのではなく、他者に帰依し従属することによって人格的に成長したいと望む。それゆえ社会は、すぐれた人材を活用するために、勢力配分のアレンジメントをうまく構成することが望ましい。そうした観点から高田は、勢力の形態を様々に論じていく。

しかし、優秀な人材をあまりにもうまく活用しすぎると、こんどはその消耗もいっそう激しくなるという。すなわち、能力のある人々が急激に成功すると、その後は精神の耗弱と出生率の減少とによって、容易に没落してしまう。そして反対に、下層階級の人々はますます人口を増加させていくことになる。封建社会における優秀な人々は、その多くが下層民に留まり、それゆえに増加の一途を辿ったが、これに対して近代社会では、優秀な人材は活用されると同時に激しく消耗され、その数を減らしていくというわけだ。

 こうして人口学の観点から社会変動を読み解いた高田の研究は、当時の生物社会学を発展させたものであるとはいえ、その観点は社会有機体説とは反対の、個人主義社会を展望するものであった。社会には求心力と遠心力があって、集中的統制と個人の解放が拮抗する。しかし社会はいずれ、模倣による同質性の獲得と血液の混和から、遠心力を高めて自由社会へ向かうと高田は展望した。ただしそれは、「人口増加が原動力になる社会」という条件を付けてである。

橋本努(北海道大助教授)